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佐賀地方裁判所 昭和38年(ワ)6号 判決 1967年4月19日

主文

一、被告石橋正規は、原告に対し、金八一一、八四〇円を支払うこと。

二、原告の被告江口憲逸に対する請求、および被告石橋正規に対するその余の請求は、いずれも棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告江口憲逸との間においては全部原告の負担とし、原告と被告石橋正規との間においては、原告について生じた費用を二分し、その一を被告石橋正規の負担とし、その余の費用は各自負担とする。

四、この判決は、原告において被告石橋正規に対し金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、双方の求める裁判

(原告)

1  被告石橋正規は原告に対し別紙第二目録記載の(一)の建物を収去してその敷地八〇坪位を明け渡し、かつ金九八七、一六〇円およびこれに対する昭和四一年六月一一日から支払済みまで年五分の割合、昭和四一年一月一日から右明渡し済みまで一ケ月金八、七〇〇円の割合による金銭を支払うこと。

2  被告江口憲逸は原告に対し別紙第二目録記載の(二)の建物を収去し、同石橋正規は同建物を退去して、その敷地五〇坪位を明け渡し、かつ被告両名連帯して金二〇〇、七二〇円およびこれに対する昭和四一年六月一一日から支払済みまで年五分の割合、昭和四一年一月一日から右明渡し済みまで一ケ月金一、七六〇円の割合による金銭を支払うこと。

3  右請求が理由のないときは、第二次的請求として、被告石橋正規は原告に対し金六、〇八三、二〇〇円およびこれに対する昭和四一年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金銭並びに昭和四一年一月一日から一ケ月五七、四六〇円の割合による金銭を支払うこと。

4  訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

5  保証を条件とする仮執行の宣言。

(被告)

1  原告の請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求の原因(原告)

一、別紙第一目録記載の不動産(以下、本件不動産という。)は、原告の所有である。すなわち、本件不動産は、原告先代瀬戸口虎之助が、原告の代理人として、大正一五年六月二三日被告先代石橋藤吉から代金二〇、〇〇〇円で買い受けて、当時その所有権移転登記を了したもので、右売買契約と同時になされた特約をもつて、売主藤吉は昭和一一年六月二二日までに買主原告に金二〇、〇〇〇円を支払えば、本件不動産を買戻すことができたのであるが、この買戻権は遂に行使されないまま所定の期間を経過したので、本件不動産の所有権は原告のものとして確定した。被告正規先代藤吉が昭和三年一二月一五日死亡し、家督相続によりその地位を承継した被告正規が昭和二八年三月五日原告に対し金二〇、一五〇円を弁済供託したが、右供託は右買戻権の期間経過後であるから、その効力は生じない。ちなみに、被告正規は原告に対し昭和二八年四月本件不動産は同被告の所有であると主張し、本件不動産について原告のためになされた所有権移転登記の抹消登記手続をなすことを求めて別訴を提起したが(当庁昭和二八年(ワ)第七六号事件)、同被告敗訴の判決が確定した。

二、ところが、本件不動産上に、被告石橋正規が別紙第二目録記載の(一)の建物を所有してその敷地八〇坪位を占有し、被告江口憲逸は同(二)の建物を所有(被告石橋正規は同建物に居住)してその敷地五〇坪位を占有している。

三、被告石橋正規は前記のとおり原告に対し昭和二八年四月本件不動産について所有権があると主張して別訴を提起し、賃借権の存在すら自から否認した結果、被告等には考えうべき何等の占有権限もなくなつた。

四、よつて、原告は、被告等に対し、当該所有建物を収去し、なお被告石橋正規は(二)の建物を退去して、それぞれ当該敷地を明け渡すことを求め、かつ、被告正規は、昭和二八年五月一日から昭和四〇年一二月三一日までの当該占有部分相当賃料額合計九八七、一六〇円、およびこれに対し、原告が昭和四一年六月一〇日の本件第二三回口頭弁論期日において同日付準備書面に基いて催告した翌日である昭和四一年六月一一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合、昭和四一年一月一日から右明渡し済みまで一ケ月八、七〇〇円の割合による遅延損害金を支払うことを求め、被告両名は、連帯して、前同様の計算による金二〇七、一二〇円およびこれに対する昭和四一年六月一一日から支払済みまで年五分の割合、昭和四一年一月一日から右明渡し済みまで一ケ月一、七六〇円の割合による遅延損害金を支払うことを求める(予備的請求原因は後記のとおり)。

第三、請求の原因に対する答弁および仮定抗弁(被告)

一、請求の原因第一項中、本件不動産について原告と被告石橋正規先代藤吉との間に大正一五年六月二三日の売買を原因とする所有権移転登記がなされたこと、被告正規先代藤吉が死亡し、同被告が家督相続によりその地位を承継したこと、同被告が原告に対し弁済供託したこと、原告主張のごとき別訴が確定したことは認めるが、その余の点は否認する。本件不動産は、原告の所有ではなく、被告石橋正規の所有である。すなわち、被告正規先代石橋藤吉は、その生前の大正一五年六月二三日原告先代瀬戸口虎之助より金二〇、〇〇〇円を利息一ケ月一〇〇円、弁済期昭和一一年六月二二日の約定で借り受け、その返済を担保する目的をもつて、同日藤吉所有の本件不動産の所有権を原告に移転した。ところで、被告正規先代藤吉は昭和三年一二月一五日死亡し、被告石橋正規が同日家督相続により先代藤吉の右契約上の地位を承継した。被告石橋正規の母石橋うらは昭和一一年六月二四日被告石橋正規の法定代理人として、原告先代虎之助との間に右債務の弁済期を更に一〇年延長して昭和二一年六月三〇日とし、元金を金一五、〇〇〇円、利息を一ケ月五〇円に減額する契約を締結した。よつて原告は被告正規より右元金一五、〇〇〇円に利息を加算して弁済を受けるときは本件不動産の所有権を被告正規に移転すべき義務があるにも拘らず、被告正規が右趣旨をもつて借受金返済の申入をしても応じないし、昭和二八年三月金一五、〇〇〇円に利息以上の金五、〇〇〇円を加算した金二〇、〇〇〇円を提供したが、その受領を拒絶された。そこで、被告正規は原告に対し昭和二八年三月五日右借受金二〇、〇〇〇円に同年三月末までの利息金一五〇円を加算して佐賀地方法務局小城支局に弁済供託をし、原告の被告正規に対する債務を消滅させた。ちなみに、被告正規が原告に対し右原因をもつて、本件不動産につき原告のためになされた所有権移転登記の抹消登記手続をなすことを別訴をもつて訴求し、被告正規敗訴の判決が確定したことは原告主張のとおりであるが、右判決の既判力は、本件不動産が原告の所有であることには及ばない理であるから、本訴においてこれを争うものである。

二、同第二項中、別紙第二目録記載(二)の建物の所有者が被告江口憲逸であるとの点を除き、その余の点は認める。すなわち、同(二)の建物の登記簿上の所有名義人は被告江口憲逸となつているが、真実の所有者は被告石橋正規である。

三、同第三項中、被告正規が原告主張のごとき別訴を提起したことは認めるが、その余の点は否認する。

四、同第四項は争う。

五、仮に、本件不動産が原告の主張するごとく昭和二一年六月三〇日の経過によつて原告の所有であることが確定したとしても、原告は被告正規先代藤吉に対し、大正一五年六月二三日から昭和一一年六月二二日まで賃料一ケ月一〇〇円、但し右藤吉において本件不動産の公租公課、家屋修理費、町内会費等一切の経費を負担すると共に、転貸を含む一切の管理をなすべき約定で賃貸した。そして、原告は被告正規の母うらに対し、更にこれを賃料を一ケ月五〇円に減額して、昭和一一年六月二二日から昭和二一年六月三〇日まで延長賃貸し、被告正規は右うらの死亡によりその賃借権を承継した。被告正規は右うらの死亡によりその賃借権を承継した。被告正規は右期間の満了後もその使用を継続し、原告から遅滞なく異議が述べられなかつたので、右賃借権は同一性をもつて延長された(法定更新)。

第四、仮定抗弁に対する答弁、仮定再抗弁および予備的請求原因(原告)

一、被告の仮定抗弁中、原告が、被告主張のごとく、被告正規先代藤吉および被告正規の母うらに対し本件不動産を賃貸したことは認めるが、その余の点は否認する。

二、仮に、原告と被告石橋正規との間に、被告主張のごとき賃貸借が存在するとしても、

(一)  被告石橋正規は、昭和二八年四月本件不動産について原告の所有権を否認し、同被告に所有権ありと主張して別訴を提起し、同三九年九月四日最高裁判所の判決があるまで一一年間争い続け、本訴提起後も依然としてこれを争つている。このような事情のもとで、被告正規が今更本件不動産について賃借権が存在すると主張することは、信義誠実の原則に反し、かつ権利の濫用であつて許されないところである。

(二)  もし右が理由がないとしても、被告正規主張の賃借権は次の理由によつて消滅している。

(1) 被告石橋正規は、前記のごとく本件不動産について自己に所有権があると主張して原告に対し昭和二八年四月別訴を提起したことにより、当然原告との間の賃貸借は解除する意思を表示したものとみるべく、原告も賃貸借は認めないので、右争いのうちに、原告と同被告との間には合意による賃貸借の解除がなされたものとみるべきである。

(2) もし、右が理由がないとしても、被告正規は、前記のごとく本件不動産について自己に所有権があると主張して昭和二八年四月原告に対して別訴を提起したのであるから、それ以後は同被告の占有は所有権に基くものであつて、賃借権に基くものでないから、同被告主張の賃借権は、別訴提起より一〇年を経過した昭和三八年四月完成した時効によつて消滅したので、本訴においてこれを援用する。

(3) もし右が理由がないとしても、被告正規は、一〇年にわたつて賃料を支払つていないから、本件訴状の送達をもつて賃貸借契約を解除する。すなわち、本件訴状は被告の不法占有を原因としているが、これには賃貸借の解除の意思表示も当然包含しているとみるべきである。

(4) もし、本訴状が契約解除の意思表示を包含しないため、右解除が無効であるとすれば、昭和四〇年四月二七日の本件第一六回口頭弁論期日において陳述した同月二六日付準備書面をもつて賃貸借契約を解除する。

(5) もし右解除が無効であるとすれば、昭和四一年六月一〇日の本件第二三回口頭弁論期日において陳述した同日付「請求の趣旨更正申立書」をもつて請求した金額の賃料不払を理由として、昭和四一年七月二七日の本件第二四回口頭弁論期日において陳述した同日付準備書面をもつて賃貸借契約を解除する。

三、もし被告等主張のごとき賃貸借が存在するとすれば、原告は被告正規に対し、昭和四〇年九月一日の本件第一八回口頭弁論期日において陳述した同日付準備書面をもつて、賃料増額請求をし、第二次的にその支払を請求する。すなわち、本件不動産の賃料は、別紙計算書のとおり、昭和二八年五月一日から同四〇年一二月末日まで合計六、〇八三、二〇〇円であるから、昭和四一年七月二七日の本件第二四回口頭弁論期日において陳述した同日付準備書面をもつて、これを五日以内に支払うことを請求し、もし右期日までに支払わないときは、賃貸借契約を解除する旨の催告および条件付契約解除の意思表示をする。

第五、仮定再抗弁および予備的請求原因に対する答弁(被告)

一、原告は、被告石橋正規が本件不動産について賃借権の存在を主張することは、信義誠実の原則に反し、かつ権利の濫用であると主張するが、同被告が昭和二八年以来現在まで本件不動産の所有権を主張するのは、それはそれなりに根拠のあることであつて、本件不動産が被告の所有でないことは原告主張のとおり別訴の判決によつて確定したが、右判決の既判力は本件不動産が原告の所有であることにまで及ばないのであるから、これを争い、仮定抗弁として、賃借権の存在を主張することは何ら法の禁じるところではない。

二、原告の賃貸借消滅の理由は、いずれも否認する。

(1)  原告は、被告正規が原告に対し原告主張のごとき別訴を提起したことによつて賃貸借契約が合意解除されたと主張するが、右訴の提起の昭和二八年当時本件不動産の賃借人は、原告も認めるとおり、被告の母うらであるから、同被告は合意解除の当事者となりえない。同被告が本件不動産について賃貸権を取得したのは、それ以後である昭和三一年七月一九日母うらの死亡によつて賃借権を当然承継したことに基くのであるから、同被告が前記別訴の提起をしたところで、賃貸借の存在には消長を及ぼさない。また、合意解除があつたとするためには、その日時が特定されなければならないのに拘らず、何らその日時が明確でなく、この点からも原告の主張はそれ自体理由がない。

(2)  原告は賃借権の消滅時効を主張するが、本件賃借権は、前記昭和三一年七月一九日原告も認める賃借権者石橋うらの死亡に伴い、被告石橋正規が相続により当然承継して取得したものであるから、原告の主張はこの点からしても、すでに理由がない。

(3)  原告は、被告石橋正規が一〇余年にわたつて賃料の支払を怠つていると主張するが、乙第二七号証の供託書によつて明らかなとおり、同被告は昭和二八年三月五日金二〇、一五〇円を原告に対して供託している。その供託の趣旨は、本件不動産を担保とした借受金の元利金の弁済であるが、当時右借受金の利子として被告が原告に支払つていた毎月一五〇円は、原告としては家賃として領収していた事実(乙第二号証)を併せ考えると、右供託金は一三四ケ月(一一年二ケ月)の家賃に相当するものであり、一〇余年にわたり賃料の支払を怠つていたということにはならない筈である。従つて本件は、訴の提起がなされた昭和三八年一月には、原告の主張する賃料不払を優にこえる供託がなされていたという意味において、いわゆる賃料不払の定型にあたらないのみならず、未だ賃料不払として原告から同被告に対し支払の催告がなされたこともなければ、賃料不払を理由にして賃貸借を解除する意思表示もなされたことがないから、本件賃貸借が消滅するいわれがない。原告は、本件訴状の送達をもつて契約を解除すると主張するが、本件訴状には、何ら賃貸借契約の解除について記載がないから、本件訴状をもつて契約を解除する意思表示があつたとみることはできない。

(4)  原告は昭和四〇年四月二六日付準備書面をもつて賃貸借を解除したと主張するが、無催告の特約もない本件賃貸借が、不払賃料の催告なくして解除することはできない。

(5)  原告は昭和四一年七月二七日付準備書面をもつて賃貸借を解除したと主張するが、原告主張のごとき過大な催告による契約の解除は無効である。

三、原告の賃料増額請求および資料の請求は否認する。

四、もし原告の賃料請求が理由ありとするならば、昭和三五年一二月末日までの賃料支払債務については、消滅時効が完成しているから、本訴においてこれを援用する。

第六、証拠関係(省略)

別紙

第一目録

佐賀市神野町字一本松八九番ノ一

(一) 宅地一九五坪

同町字同所八九番ノ二

(二) 宅地一五七坪二合八勺

同町字同所八〇番イ郡村宅地一六四坪に建設せる五七番地

(三) 木造瓦葺二階建本家一棟

建坪 一二坪五合

外二階六坪

同町字同所八〇番イ郡村宅地一六四坪に建設せる五七番地

(四) 木造瓦葺二階建本家一棟

建坪 三八坪

外二階一六坪

同町字同所八一番に建設せる

(五) 木造藁葺二階建本家一棟

建坪 一二坪

外二階三・五坪

右附属

(六) 木造藁瓦葺二階建家一棟

建坪 一八坪

外二階七坪五合

第二目録

(一) 佐賀市神野町字一本松八〇番地のイ

家屋番号同町停車場通七一番

一、木造瓦葺二階建居宅

建坪 二九坪

外二階二〇坪

(二) 佐賀市神野町字一本松八〇番地

家屋番号同町停車場通七二番

一、練瓦造トタン葺二階建居宅

建坪 二二坪

外二階一五坪

<省略>

<省略>

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